自然は

時間をつくっては月刊 ホン・サンスに足を運んでいる。最近観たのは新作の「自然は君に何を語るのか」。何だか教育映画みたいなタイトルではある。

ホン・サンスの映画はコミュニケーションのリアル、相手を持ち上げたり自分サゲをしたり思い込みを主張したり、それらがいちいちあるわー。いやないわー。とツッコミに忙しい。どの映画も飲食の場面が多く長く会話がくどくど続くのが正直観ていてしんどいのだが、視点が固定された画面から意識をフェイドアウトさせて音に集中すると会話の旋律とリズムが際立ち、そこに自然の音が加わったりしてこれは音楽的な美しさ。それに気づいて以来癖になってつい観てしまう。


自然といっても造園的に整えられた敷地内、あるいは観光地の公園をそぞろ歩く程度なので、タイトルちょっと大きくないか?と落ち着かない気分にはなってくる。

そう、これは落ち着かない気分がずっと続く映画なんである。ガールフレンドの実家、父親が彼の母のために山ひとつ削って拵えたという美しくでかい家、立派×立派が過ぎて彼女の父親が終始ドヤ顔なのもまあ仕方ないが、成り行きで来てしまった彼ピの居たたまれなさたるや。


魂の自由を愛するナイーブな本質をどうか守りきってくれよ、と祈るように観てしまった。ひとり離れて夏の樹木、夜の植物に手で触れてそうね自然とは。と同調する。時折画面はピント合わせを誤ったかのように輪郭を滲ませるが、これこそが束の間の解放であるような。他者とのコミュニケーションのなかで不明瞭になる自己の輪郭を取り戻すような。そんな時間にみえた。


ハグ、やはり自分には別離のサインとして見えてしまうな。あらためて。

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