マーティ・シュプリーム

ティモシー・シャラメを堪能する映画だった。マーティ・シュプリーム。

1951年のニューヨークだ。戦争が終わってまだ6年。資産を持たない人たちは必死にみえる、財を築くのに。身内をただ働きさせたりして。

しゃべりっぱなしのマーティが中短期プロジェクトを複数かかえたビジネスマンにみえてくる。口八丁手八丁、詐欺師的で軽薄。父権的世界に徒手空拳で挑む。


ひとは「自分」のままで、この父権的世界に存在感を示せるか?というの普遍的な問いですわね、自分を変えずにお金と名誉を得られる?やりたい事でお金と名誉を得られる? 父権はいつでも引き換えに誇りを要求するね。本当権力にぎったじじい全員うんこ投げたい。


観ていて生じるあらゆるツッコミをティモシー・シャラメひとりの身体性がすべてこれはありだな、に納得させてしまう。全身グルーヴ。


若いマーティには自分以上に大切なものがない。ただひとり自分が恃み。心からの言葉を届けたい誰かはまだいない。それが痛快でカタルシスで不思議に救いも感じる。


ねえ、どう生きる?という問い。うんこな父権を再生産するのか、まったく違う価値を築くのか。あっという間の2時間半。


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